徳川埋蔵金を積んだ早丸を発見か!続報2

徳川埋蔵金を積んでいた可能性が高い、仙台藩所有の蒸気船の早丸が横浜港を出航間も無くの1868年5月8日に三浦半島沖のアシカ島付近で座礁して沈没。

150年目の節目に早丸と思われる沈没船が遂に発見となりました。

〈早丸とは〉
1858年に就航したイギリス製の、当時は最新鋭の鉄骨木造の蒸気船であり、仙台藩が購入して所有していた軍船。
現在の貨幣価値で20兆円もの幕府の御用金の一部か大部分を樽(仙台味噌用の樽と思われる)に入れて、深夜に人目をはばかり出航するも、程なくして呆気なく沈没。

江戸幕府末期に小栗 上野介らの東日本政府樹立の構想から、1868年5月6日に仙台藩を中心とした奥羽越列藩同盟を結び、その僅か2日後には早丸が沈没。もし沈没しなければ倒幕か、それに近い形となっても官軍勢力の流れを汲む東日本政府が誕生して、日本が2つの国に分断する流れとなることに。
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〈海底探査〉
三浦半島沖の沈没したとされる海域は、漁のロープや網などが海底の何かに引っかかることで昔から有名とされてきました。
このポイントの深さは凡そ27mであり、既に47m程の船影らしきものは確認されておりました。

最大で12名のダイバーが潜水して海底を調査したところ、やはり沈没船の残骸を発見。周囲にはやはり引っかかってしまった漁のロープを止む無く切断している状況も確認。
この沈没船の鉄製部品の一部を採取して持ち帰り、金属成分による時代考証及び鑑定を行いました。

〈鑑定の結果〉
海底目視では鉄板にボルトの穴を確認しており、現代の船ではない事は一目瞭然であり、また船の幅は約5メートルと早丸のものと合致しました。

持ち帰った鉄製部品は腐食が激しく、年代は判明しなかったものの、日本製ではなく鉄鉱石由来の外国製である事が分かりました。
また不純物の混ざりが多いので、現代の製鉄技術ではない事も判明。

〈結論〉
これらから日本製の船ではないという事と、この海域で早丸と同じような規模の船が沈没したとする記録は無い為に、この沈没船が早丸である可能性が非常に高いもよう。
今後の続報に注視とします。

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